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文化・芸術
 大阪は長らく日本の政治・経済の中心地であったため、独自の文化を発展させてきました。その分野は上方歌舞伎や文楽といった伝統芸能、落語や漫才などの「笑い」の文化、マンガ、音楽など多方面に渡ります。

   上方歌舞伎   文楽   上方落語   漫才   マンガ   クラシック   ジャズ

上方歌舞伎
上方とは関西の意。江戸時代、江戸歌舞伎では荒々しくヒーローが悪者を成敗する芸(荒事)、上方歌舞伎では遊郭などを舞台にした華やかな芸(和事)が生まれ、それぞれ繁栄を誇りました。第二次世界大戦後、さまざまな理由から関西での公演回数は激減していましたが、近年、道頓堀にある大阪松竹座や京都・南座を中心に歌舞伎公演が増加。上方歌舞伎の再興に期待が寄せられています。 上方歌舞伎

文楽
文楽
※画像提供 (c) 財団法人大阪観光コンベンション協会
能、歌舞伎と並ぶ、日本の三大古典芸能のひとつ。太夫が義太夫節を語り、三味線が音楽を担当、舞台では人形遣いが人形を動かすといったように、三者が一体となって舞台をつくりあげていきます。人形芝居というと子供向けのものというイメージがありますが、文楽には浮世の義理に翻弄される人間の姿を描いた物語が多数登場。芸術性とエンタテインメントを兼ね備えた世界にも類例のない総合的舞台芸術です。2003年にはユネスコの世界無形遺産に認定。

財団法人 文楽協会

上方落語
落語は話芸のひとつ。一人で座って演じ、セリフだけで物語を展開するのが特徴です。落語が生まれたのは今から300年前。京都の露の五郎兵衛・大阪の米沢彦八といった人々が道ばたで自作の噺を有料で披露したことが上方落語の起源とされています。関西では長らく寄席小屋がありませんでしたが、2006年に悲願の「天満天神繁昌亭」がオープン。たくさんのお客さんで賑わっています。 上方落語
※画像提供 (c) 財団法人大阪観光コンベンション協会

漫才
漫才
※画像提供 (c) 財団法人大阪観光コンベンション協会
「大阪人が二人寄れば漫才になる」とよく言われます。商人の街として知られる大阪生まれの話芸であり、芸能の一ジャンルです。主に二人で行われ、滑稽なかけあいで観客を笑わせます。もともとは新年に祝い事を述べ、舞を舞うという習慣が漫才の起源と言われています。

マンガ
大阪はマンガの歴史の節目を担う、マンガの一大発信地でもありました。のちに「マンガの神様」と呼ばれる手塚治虫は戦後まもなくの頃、大阪毎日新聞発行の「少国民新聞」の四コママンガ「マアチャンの日記帳」でデビューを果たします。また、「劇画」も大阪生まれ。1957年に、大阪生まれの辰巳ヨシヒロが自分たちの作風を劇画と名付け、1959年にさいとう・たかお、佐藤まさあき等と「劇画工房」を立ち上げたのが起源だとされています。2005年には大阪芸術大学にキャラクター造形学科が誕生。雑誌「大学漫画」の発行など、新しい試みがスタートしています。 マンガ

クラシック
クラシック
※画像提供 (c) 財団法人大阪観光コンベンション協会
大阪フィルハーモニー交響楽団の前身である、関西交響楽団が第一回演奏会を開いたのは第二次世界大戦の直後、1947年のことでした。関西交響楽団時代は黒澤明監督の『羅生門』など数々の名作の映画音楽を担当しました。

ジャズ
大正末期から昭和初期にかけて、日本で最もジャズが盛んに流れていたのは大阪ミナミの道頓堀周辺だったと言われます。ジャズが大ブレイクするきっかけとなったのは1923年の関東大震災。焼け野原になった東京を逃れ、財界人や貿易商、芸術家、文化人、多くのミュージシャンなどあらゆる人々が大阪に疎開。街にはジャズがあふれ、ダンスホールは連日満員だったと言われています。 ジャズ


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